範宙遊泳・山本卓卓の「今月の僕、物語」- 特集ページ - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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シアターガイド×アーティスト シリーズ Vol.10

範宙遊泳・山本卓卓の

今月の僕、物語

範宙遊泳・山本卓卓の、妄想過多なリアル日記。
月に1回、彼がその日、その時、その場所で感じたことを、それにもっとも相応しい表現で綴っていく。果たして彼の、非日常なる日常とは……。

場所にも法がある。例えばそれは公園で裸になってはいけない、みたいな。あるいは風呂場にいて友達と服を着たまま酒を酌み交わすことなどない、みたいな。裸になるべき場所は風呂場であり、また、服を着て酒を飲む場所は風呂場ではない。公園で裸になるのは(当然)法を犯しているのであり、翻って風呂場で服を着て酒を飲むのもまた法を犯している。その行為自体が条例を犯しているわけではないのに、ある行為がある場所で適切に行われていなければそれは狂気と呼ばれたりする。

狂気でなくても
・渡り廊下を走ってはいけないが誰もいない早朝の砂浜を走るのは(気分も)いい。
・ラッシュ時の改札付近でゆっくり歩くのは気がひけるが吊り橋の上ならどんなに迷惑かけてもゆっくり歩きたい。
・旅行先の見晴らしの良い丘に立って風を浴びるのは最高だが通学途中の丘に今は何の思い入れもないし風は寒い。
・おしゃれなカフェはおしゃれじゃない私なんかが入っちゃいけない気がする。
なんてこともある。

こうした、場所がもたらす特有の行為・感覚という、緩いようでいて実は根強い圧力が確かにあって、それは精神状態や言葉をも規定する。場所が変われば同じ言葉ひとつとってみても響きはずいぶん変わる。
・山頂で「おーい」。
・自室でひとり「おーい」。
・ガレキの下で「おーい」。
・人ごみで「おーい」。
場所が言葉とその響き(精神状態)を生んでいる。

▲ 2016年1月。インドはデリーとケーララで公演を行った。これはデリー公演

1月のデリーが寒いなんて知らなかった。大気汚染が本当に目の前にモヤをつくることも、ここ10年で急速に発展する商業都市グルガオンの交通渋滞、信号待ちの車内でストリートチルドレンが車窓を叩いて花を売ってくること、1月の同じインド国内でもひとたび南に行けば暑く夜空が美しいケーララ州(そういえばケーララでは物乞いにも出会ってない)のことも。本やネットから情報をトレースすることはできても、すべては身体を通さなければ知ることのできないことであったし、場所が変わらなければ身体が知ることもなかった。場所は身体も生む。

▲ デリー。スモッグのせいで太陽が見えない

数多くある場所の中で、もっとも僕にふさわしい場所なんてものは、ない。故郷の山梨も、現住所の東京都世田谷区も、バンコクも、デリーもケーララも、あるいはネット上も、どこかしら居心地が悪い。山梨は車がないと不便だし東京はしてはいけないことが多すぎてどこにいても誰かに監視されているような気になる。でもそういう居心地の悪さにこそ楽しいものが詰まっている。そんな場所にも必ず上記のような法があるからだ。それを見つけていったいこの場所にある身体はなんだ、例えばどんな身体がこの場所のルールを破るのだろう、そんなふうに考えられる時間は演劇の栄養になっていく。どんな場所もそれぞれに居心地が悪いおかげで、僕は演劇をやれている。

▲ ケーララの夜

今年も演劇でいろいろと外国などを旅する。国内も旅する。ただそれは表面化された旅であって、僕自身は昔から、演劇作品も一つの“場所”であるという自覚のもとにやっている。つまり、作品ごとにも旅する。演劇は未知なる場所へ身体で旅させてくれる“場所”の共有の悦び。舞台上は地底へさえ通じる空港。それはなんとなく信じてる。

《次回予告》
ひさしぶりの更新なのだけどこれでおしまいです。この1年で、僕自身ずいぶん変わりました。それこそ環境という意味での“場所”も僕自身の性格(キャラクター)という意味での“場所”もずいぶんと。上ではややこしくなるので書かなかったのですが、キャラクターというのもつまりは“場所”だと考えます(例えばハムレットが嘆きのシーンでスキップして出てきたらハムレットというキャラの法を犯しているということになります)。僕は僕自身の“場所”たち(環境や性格や境遇などなど)に固執することはなく、いっさい変化を厭いません。このブログの冒頭にアクセスしてみてください。なんですかあのけしからんテンションは。でもあの当時も、同じテンションをキープしようなんて気持ちはさらさらなかったのでした。変わることが、そのログが物語だとも思っているからです。無論、変わってはいけない部分があるのは重々承知です。そこは、なんか、周りの優秀な人たちが手綱をひいてくれているので安心です。そう、人様のおかげで旅できてます。ありがとうございます。では、いってきます。

プロフィール

山本 卓卓
(やまもと・すぐる)

範宙遊泳主宰、脚本家、演出家、俳優。1987年生まれ。山梨県出身。2007年に範宙遊泳を旗揚げし、すべての脚本と演出を手がける。現実と物語の境界をみつめ、その行き来と、そのあり方そのものを問い直す批評性の強い作風が特徴。近年は文字・映像・光・間取り図などアナログな2次元のエレメンツを用いた“生命”や“存在”の独自のアプローチが注目を集め、海外とのコラボレーション創作も意欲的に行っている。2012年にソロプロジェクト「ドキュントメント」を始動。代表作は『幼女X』『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』『うまれてないからまだしねない』など。