OiBokkeShi・菅原直樹の「花咲かボケじい」- 特集ページ - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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シアターガイド×アーティスト シリーズ Vol.11

OiBokkeShi・菅原直樹の

花咲かボケじい

「老いと演劇は相性がいい」を合言葉に、俳優にして介護福祉士の菅原直樹が、演劇を通じて「老い」「ボケ」「死」に向き合う演劇ユニット「OiBokkeShi」。その第1回公演までの長き道のりを、菅原自身の言葉でつづる。

5. おかじいの決断

「老いと演劇」OiBokkeShiの記念すべき第一回公演、認知症徘徊演劇『よみちにひはくれない』公演日まで残すところ、あと3日。稽古は順調に進み、あとは体調を整えて本番を迎えるだけ。働いている老人ホームの昼休み中にくつろいでいると、iPhoneに着信履歴が残っていることに気づいた。おかじいからだった。

その日、山陽新聞という地元新聞の朝刊に認知症徘徊演劇の記事が大きく掲載されていたので、おそらくそのことで電話をかけてきたのだろう。経験上、話の長いおかじいに電話をかけると最低でも30分は電話を切れないので、貴重な休み時間におかじいに電話をかけるかどうかで迷ったが、おかじいは耳が遠いため電話の呼び出し音に気づくことが稀なので、「別につながらなくてもいいしー」という投げやりな気持ちで電話をかけてみた。

そしたら珍しく一発でおかじいにつながった。
「あ、監督? 大変なことになりました。あのね、さっき四国の親戚から電話がかかってきてね、わしの姉が亡くなったんです」

話を聞くと、通夜が明日で、葬儀が明後日と言う。明後日は認知症徘徊演劇の公演日。ぼくが絶句していると、おかじいはこう続けた。
「わしもな、電話をもらった時は頭が真っ白になった。明後日は本番でしょう。ありゃ〜と思いました。だけどね、電話を切ってから冷静になって考えたんです。チケットはもうたくさん売れている。OHKさんの取材も入る。わしみたいな90歳近いおじんの代わりは誰もいない。そうでしょう? みなさんに迷惑をかけてしまう。監督、わしは明後日は演劇の方に行きます」

ぼくは急な事態に混乱してしまい、おかじいの決断にただ「ありがとうございます」とだけ返した。間もなく、昼休み終了のチャイムがなり、ぼくは仕事が終わったら再び電話をかけることを伝え、電話を切った。

午後の入浴介助中、冷静ではいられなかった。おかじいのお姉さんの葬儀と公演日が重なるという運命のいたずら、そして、演劇を選んだおかじいの決断。おかじいは演劇を選んだのだが、本当にそれでいいのだろうか……。

その夜、和気町駅前商店街にある稽古場でおかじい以外の出演者の稽古が行われる予定だった。おかじいのお姉さんが亡くなったこと、葬儀が公演日と重なっていることは、仕事が終わった後、すぐに関係者にFacebookを通じて連絡をしていた。稽古場にメンバーが集まってくると、やはりその話になる。
「大変なことになりましたね。公演、どうしますか?」
「……おかじいが演劇を選んだので、その決断を尊重して、予定通り上演するつもりです」
「でも、おかじいに最期にお姉さんに会ってもらいたい気持ちもありますね……」

それは全員の共通の思いだった。

おかじいは現在、認知症の奥さんと二人きりで岡山南区で生活をしている。子どもはいない。身寄りが少ないおかじいにとって、香川に住むお姉さんはきっと大切な存在であっただろう。

明後日、おかじいは演劇に出演するべきなのか、葬儀に参列するべきなのか。ぼくらが話し合っていても議論は平行線をたどるばかり。そこでメンバーがそろっている場で、おかじいに電話をすることにした。通話はスピーカーにして全員におかじいの声が聞こえるようにして。

「さっき姪と電話で話して、葬儀に行きたいんじゃけど、演劇に出演することになっとる、と伝えておきました。まぁ、脇役のような役だったら葬儀に行くけど、今回、わしは主演みたいなもんじゃが。わしがおらんかったら公演が中止になってしまう。和気の人に迷惑をかける。そう言ったら、姪が『おっちゃん、それは絶対にそっちに行った方がいい。私もお母さんも、おっちゃんのこと応援してるから』と言ってくれたんです。わしはそれを聞いて、涙があふれてあふれて……。みなさん、明後日は和気に行きます」

おかじいとの電話を切った後、ぼくらは静かに稽古を始めた。

稽古が終わって、家に帰ってからも、ぼくは悩みつづけていた。

例えば、おかじいではなく、ほかの出演者の身内に不幸があった場合、僕は公演を予定通り行うだろうか。出演者の一人、和田さんは商店街で時計店を営んでいる40歳の男性で、半年前に「老いと演劇のワークショップ」に参加して、初めて演劇に触れた方だ。今回、ぼくが勝手に台本に和田さんを登場させ、半ば強引に出演してもらっている(和田さん自身はかなり楽しんでいる様子)。もし、和田さんの身内に不幸があったとしたら、ぼくは躊躇なく公演を中止にしたであろう。たとえ和田さんが出演を希望したとしても。この違いは何なのか。

ぼくが悩みつづけていたように、メンバーもまた悩んでいたようだ。深夜、Facebookのグループページではさまざまな意見が飛び交った。

「私も姉がいるけれど、やっぱりすごく大切な存在。大切な人の死と、大切なお芝居。おかじい自身、その狭間でつらい思いをしているのではないかな。もしそうなら、わたしたちの『よみち』は『ひはくれない』から、おかじいのお姉さんの『よみち』を見送りたいなと」
「今日のおかじいとの会話の中でおかじいが『迷惑がかかる』『和気のために』という言葉を言ってらっしゃいましたよね。それって義理立てなんですよね。ここでおかじいを葬式に行かせてあげないと、なんか一生後悔しそうな気もします」

この夜、OiBokkeShiのメンバーはおかじいのことを真剣に考えていた。ぼくたちはおかじいのためにどうすればいいのか。認知症徘徊演劇の公演期間は「ゆるゆるロングラン公演」と称して月に一回公演を行っていく。舞台は次があるのだから、葬儀に行ってもらった方がいいのではないか。明後日の葬儀を逃したら、おかじいはもう二度とお姉さんの姿を見ることはできないのだ。

もうこれ以上、ぼくたちでは決められない。翌日、メンバーでおかじいに会いに行くことにした。

画像1/煙草を吸うおかじい

▲煙草を吸うおかじい

午前10時、和気から車で1時間、岡山市南区のおかじいの自宅へ到着。ちょっとした世間話をしてから、本題を切り出した。認知症徘徊演劇は今回の公演を中止にしても、来月上演する予定になっているので、明日は葬儀に行った方がいいのではないか、と。

その話を切り出した瞬間、おかじいはテーブルを叩いてこう言い放った。

「それはダメ!!」

 ぼくらは息を飲んだ。
「今朝、監督から電話がかかってきて、これからみなさんでうちに来ると聞いた時、もしかしたら……と思ったんです。何のために今まで頑張ってきたのか。わしは、舞台が命。みなさんが心配してくれる気持ちは涙が出るほどうれしい。だけど、それとこれとは別。わしは舞台に出ます」

ぼくはおかじいの意気込みに触れて、目頭が熱くなった。そして、おかじいとの稽古の日々で感じた、あの充実感を思い出したのだった。

以前、稽古の日程を決めようとおかじいに電話をしてもつながらず、つながらないまま稽古当日を迎え、直接おかじいの自宅へ向ったことがあった。向う道すがら、車の中で「もしかしておかじいは倒れているんじゃないか……」という妄想が頭から離れなくて、気が気でなかった。自宅に到着しても門は閉まっている。おかじいは死んでしまったのかもしれない、と玄関前で泣きそうになっていると、玄関から「ありゃ〜」とおかじいが登場した、あの時の安堵感。89歳のおかじいと稽古をするということは、常に「次はないかもしれない」と覚悟し、今この瞬間を楽しむことなのだ。
今回の公演を中止にして、来月の公演を待たずにおかじいの身に何かあったらどうするのか。ぼくは一生後悔することになるだろう。

おかじいは命をかけて演劇をしている。ぼくらはその情熱に触れることで、やっとふんぎりがついた。明日の公演をなんとしても成功させなければならない。

公演当日。

認知症徘徊演劇は観客が俳優とともに実際の商店街を歩き、店舗に入って舞台を鑑賞するスタイルをとるのだが、天気は快晴となった。最高の徘徊日和だ。

午前10時に岡山市南区までおかじいを迎えに行き、午前11時に和気町駅前商店街に到着。昼食前、最後の舞台稽古を行う。

おかじい演じる老人が自宅に戻り、2階にいる認知症の妻を呼びにいくシーンがある。これまでおかじいは「幸子」と台本に書かれた名前を呼びながら階段を上っていた。しかし、このシーンの稽古が始まる前、おかじいがある提案をしてきた。
「ここで亡くなった姉の名前を呼んでもいいですか」

おかじいがこの提案をしてきた時、ぼくはあらためて、おかじいがどのような意気込みで舞台に臨んでいるかが分かった。俳優が舞台に立つという行為は、何も目の前にいる観客だけに向けられているわけではなく、ここにはいない誰かにも向けられている。おかじいはお姉さんのもとへ駆けつけることはできなかったが、舞台に立つこと、つまり精一杯生きることでお姉さんにお別れを言おうとしているのかもしれない。

午後2時、認知症徘徊演劇『よみちにひはれくない』初演の幕は上がった。おかじいはこれまでの稽古の中でも最高の演技を見せた。特にラストシーンでは、台本通りでありながら遊び心に富んだ演技で観客を笑わせ、そして、涙を誘った。恐るべし89歳。おかじいが演劇をするとなぜこうも奇跡が起こるのか。

画像2/公演風景

▲公演風景

公演を終えて、打ち上げの中華料理店でオムチャーハンを平らげたおかじいを助手席に乗せて、岡山市南区まで送った。さすがに疲れたのか、おかじいはいつもより静かにとつとつと語り始めた。

「今村監督の映画に出演した時、監督にサインを頂いたら、『狂気の旅に出た』という言葉を書かれたんです。今までその意味が全く分からなかった。だけど、今は分かるな。監督、私たちは狂気の旅に出てるんですね」

そう、我々は狂気の旅に出ている。おかじいは自分の好きなことを最期まで続けようとしている。ぼくは介護者というよりも、ともに楽しむ同志として「監督」を演じ続ける。もしかしたら今後、演劇のために命を犠牲にしてしまう事態が起こるかもしれない。おかじいは言う。
「舞台で死ねたら本望だ」

おかじいの口から飛び出す、俳優の名言の重みが凄まじい。ぼくはおかじいほど俳優らしい俳優を見たことがない。
「俳優に定年はない。歩くことができなくなったら車いすの役、座ることもできなくなったら寝たきりの役、最期には棺桶に入る役ができる」

老いること、ボケること、死ぬことは確かにつらいことだ。諦めなければいけないこともたくさんある。しかし、生きている限り続けなければならないことがある。おかじいは老いてもボケても死んでも、なお舞台に立ち続けるだろう。そして、我々に「生きるとは何か?」という疑問の種を蒔き続ける。

おかじい、ぼくも死ぬまで演劇をするよ。

花咲かボケじい 完

プロフィール

菅原直樹
(すがわら・なおき)

俳優、介護福祉士。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。青年団所属。小劇場を中心に前田司郎、松井周、多田淳之介、柴幸男、神里雄大など、新進劇作家・演出家の作品に多数出演。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として働く。介護と演劇の相性の良さを実感し、地域における介護と演劇の新しいあり方を模索している。2012年、岡山県和気町に移住。