ヨーロッパ企画・諏訪の「ミュージカル道」- 特集ページ - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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シアターガイド×アーティスト シリーズ Vol.9

ヨーロッパ企画・諏訪の

ミュージカル道

昨年末に公開された映画版「レ・ミゼラブル」の大ヒットを受けて、巷ではミュージカル人気が高まっているのだとか。 そんな噂を知ってか知らずか、ヨーロッパ企画の諏訪雅が、突如ミュージカルをつくることに! とはいっても、諏訪自身にとってもミュージカル制作は初体験。そこに一から挑戦することになり……。

今日は4月13日。
満開に咲いていた桜も、ひらひらと花びらを落とし、ふんわりと新緑に染まりはじめ、「いいとも」が終わり、「バイキング」が始まり、消費税5パーセントが終わり、消費税8パーセントが始まり、その影響で僕のアパートの家賃は1,000円上がり、大家は1,000円上げることを大変気まずそうに僕に告げ、あずきバーを(アイス)くれた。飴と鞭のバランスの悪さになんの疑問も持ってないようだった。
そんなふうに世間は着実に2014年4月という新たなステージを歩みはじめる中、僕はトロトロのズボンを履いて、ストーブを炊き、ふとんに包まって、これを書いているしそして、やってしまったな、と思っている。

なぜならこれは僕が初めてミュージカルを制作するにあたってのドキュメンタリー連載であり、リアルタイムで更新していくことにこそ、その面白さがあったはず、なのに今はもう4月14日(これを書いてるうちに日が変わった)。一番重要な時期(執筆活動、作詞作曲活動、振付、稽古、仕込み、京都公演本番、東京公演本番、バラシ、打ち上げ)これらすべての過程がぎっしり詰まった時期1月末〜3月末の間、何一つ記事を更新しないままに、いまこの連載の最終回を書いているからだ。

台本がシーン1までしかできていないのに、制作の井神さんに「シーン3までしかできていなくて、もう少し時間があればドバっと台本渡せそうです」と若干嘘をつき稽古に行かなかったあの日のメール。
出演してくれてるみんなが、この脚本を面白いと思っていなかったらどうしようと不安になり、(なんでも笑ってくれる友人で、出演者の)黒木(正浩)さんを呼んで、いちいち面白いかどうか確認したあの日の稽古後。
鴨川に関する作詞が多すぎて、さすがにこれで鴨川に一度も足を運んでないのは川に失礼かもしれないと思い、ただただ鴨川を歩きまわったあの日の昼下がり。
台本書けたと思って読み合わせをしたら尺が1時間くらいしかなかったあの日のドキドキ。

執筆作業のそういった思い出もリアルタイムであるからこそ、読んでもらっている方々に、ドキドキやハラハラを楽しんでもらえたはずなのに、今は終わった公演のことを緊張感なく振り返るしか方法がない。やってしまった。リアルな今の僕の感情であるやってしまった感を、いつまでもここに書きつづっていってもしかたがないのだけど、これがこの連載の最終回。

「諏訪ミュージカル企画」とは、なんだったのか。
終えた今どういう気持ちなのか。

なんといっても諏訪ミュージカル企画『夢!鴨川歌合戦』を、全ステージ無事に終えることができたっていうのがなによりで、稽古場で僕が「ここは暗転です」って言った直後、制作の井神さんが「(元立誠小学校は)暗転できないよー」といった時は完全に公演中止がよぎったし、舞台監督の杉浦に発注したベルトコンベアがフワフワで、物を置いたらそれがすごいバウンドした時は、公演中断がよぎった。
黒木さんなんかは、変なマフラーの巻き方を稽古中みんなに披露していて、ムチ打ちみたいになり、ヌンチャクを振り回していた左手首を痛め、左肩が痛いと病院へ行けば右肩が剥離骨折だと診断され、舞台降板がよぎった。
でも終わってみれば、暗転できたし、ベルトコンベアはバウンドしながらもベルトコンベアとしての役割を果たしてくれたし、黒木さんは満身創痍ながらヌンチャクダンスを踊ったし、毎夜帰り道、「太鼓の達人」まで楽しんでいた。
ホントにいまどうしてこんなにも、布団の中でのほほんと当時を振り返れるかというと、すべては上手くいき、無事に公演が終わったからだ。

いま軽く振り返っただけで、ちょっといろんなことを、思い出してきた。

寺本くんが実際に鴨川の亀石で「亀石」という曲を歌って踊ってきてくれて、それを動画で披露してくれた時は、うれしくて涙が出そうになり、
(写真1)

石川優ちゃんはとにかく一生懸命で、歌詞の「皿うどん」と「キーマカレー」がごっちゃごちゃになり「キーうどん」や「サラマカレー」という新しいメニューを開発しだすし、
(写真2)

写真/寺本くんと石川優ちゃん

荒木(里佳)さんは全員から頼られまくってカンパニーの専属トレーナーみたいになってたし歌すげえし演出のアイデアいっぱいくれるし、
(写真3)

四宮(章吾)くんは静かーに、とにかく静かーにしていたし、
(写真4)

写真/荒木(里佳)さんと四宮(章吾)くん

(村角)ダイチは女子たちと妙なコミュニケーションを取りながらも、無茶な演出に一生懸命トライしてくれたし、
(写真5)

藤谷理子ちゃんはやることすべて正しかったし、
(写真6)

写真/(村角)ダイチと藤谷理子ちゃん

石田(剛太)は間違っていたし、
(写真7)

(福井)菜月ちゃんは心の底からダンスが好きで演技はそれほどなんだろうなーって感じだったし、
(写真8)

写真/石田(剛太)と(福井)菜月ちゃん

本多(力)くんは僕の間違えたダメ出しを真摯に受け止めてくれたし、でも次の日あのダメ出しは間違ってたから撤回すると言ったら笑ってくれたし、
(写真9)

角田(貴志)さんは本番前の歌稽古の時、フリースタイルラップでみんなを盛り上げてくれてなんか頼もしいし、
(写真10)

写真/本多(力)くんと角田(貴志)さん

伊藤(忠之)さんは僕の言葉や気持ちを一文字も逃さず新鮮に曲にしてくれたし全曲大好きだし、
(写真11)

団長(池浦さだ夢)の振付はこのミュージカルの全体のトーンをかわいく明るくしてくれて、
(写真12)

写真/伊藤(忠之)さんと団長(池浦さだ夢)

音響の宮田さんは見たことないくらい劇に対して前のめりに参加してくれたし、よく見ると照明の吉津ちゃんも最後の歌を僕らと一緒に歌っていてくれていたし、黒木さんは最終日の本番前に泣くし、
(写真13)

それを見て寺本くんがもらい泣きするし、石田は舞監の杉浦を叱り、杉浦はもっと叱ってくれと言い、打ち上げでは号泣するし、
(写真14)

写真/宮田さんと寺本くん

井神さんはいつだってクールにチケットを管理してくれて、お客さんは気持ちいいくらい笑顔で楽しんでくれて、ああ、もうここには到底書ききれないくらいいっぱいの、みんなの気持ちが積み上がってできた公演で、なんか書いてて、勝手に盛り上がってきて、僕今泣きそうになってるし、さっきまで悶々(もんもん)としていた”やってしまった感”なんかとっくに無くなってるし、この記事最終回だから長いなあとも思ってるし、もう感情は混ざりまくってるし、ちょっと待って! もうちょっとで終わるから!

混ざらないように今の僕の気持ちを整理すると、

1)ありがとうという感謝の気持ち

2)この記事が長いという気持ち

3)長いからもうちょっとで終わろうという気持ち

4)諏訪ミュージカル企画2をやりたいという気持ち

もうこれだけ。
この四つが今の僕の気持ちで、 それをシンプルにここに書きつづれた今(4月16日←日が2回ほど変わりまして)、

この連載を、終えます、唐突だけど!

最後までこれを読んでくださった方も、気にしてくださった方も、ミュージカル観てくださった方も、観れなかった方も、連載させてくださった方も、みんなみんな、ありがとうございました!

写真/全員集合

プロフィール

諏訪 雅
(すわ・まさし)

76年奈良県出身。俳優。98年に上田誠、永野宗典を誘ってヨーロッパ企画を旗揚げ。以降、全作品に出演。外部作品への出演やラジオパーソナリティーとしても活動。 また、webページ「ヨーロッパスタジオ」の編集長や、劇団公演パンフレット「ヨロッパ通信」の編集長も務める。さらに映像作品のディレクションやヨーロッパ企画DVDのプロデュースも手掛けている。