特集:「キレなかった14才りたーんず」  - 特集ページ - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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6人の演出家による連続上演「キレなかった14才りたーんず」特集 日程:2009年4月16日(木)〜5月6日(水・祝) 会場:こまばアゴラ劇場

vol.05 私が見た「りたーんず」

4月16日から5月6日まで、38ステージ上演された「キレなかった14才りたーんず」。毎公演100人近くの観客を動員したこの企画も、閉幕から早一カ月が経つ。
公演中、そして閉幕後も、観客の口コミやアンケート、個人ブログなどで各作品や企画全体に対する意義や成果、今後の課題についてさまざまな感想や意見が挙がり、中には私に直接電話をくれたり、劇場で熱心に話しかけてくれる人もいて、予想以上の反響に驚いた。
しかし、それらの意見を聞いて、それはそれで「なるほど」とは思うものの、なぜだろう。どの意見を聞いても、私にはちっともピンとこなかった。私が見た「りたーんず」は、なんだかもっと奔放で、つかみ所がなくて、でも参加者たちが皆、“同じ空気を吸っている”感覚でつながっていたように感じるのだ。
そこで密着連載の最終回は、昨年11月の初顔合わせからの半年間と約3週間の公演を通して、私が見た「キレなかった14才りたーんず」を書かせていただきたい。

取材・文=熊井玲(シアターガイド)
舞台撮影=加藤和也

舞台写真/柴幸男 演出「少年B」

▲柴幸男 演出「少年B」

りたーんず初日前夜は、シアターガイド6月号の入稿日だった。終電ぎりぎりに会社を出ると、様子が知りたくてこまばアゴラ劇場にいるスタッフのひとりに電話をかける。会場作りや物販の作業はずっと続いていて、まだまだ終わりそうにない、朝まで続くだろうと言う。そこでひとまず帰宅し、私は翌日顔を出すことにした。

翌朝6時。始発で向かうと、疲れた顔のスタッフが迎え入れてくれた。別部屋では演出家たちとスタッフ数名が雑魚寝している。ドアを開ける時に大きな音を立ててしまったが、誰も目を覚まさなかった。そこは去年12月のオーディション最終合格者を徹夜で討議した部屋なのだが、その時も明け方、ばたばたと布団にくるまって寝始める人がいたっけ……と、記憶がオーバーラップする。

舞台写真/篠田千明 演出「アントン、猫、クリ」

▲篠田千明 演出「アントン、猫、クリ」

スタッフに混ざりしばらくロビーで作業を手伝っていると、9時過ぎに目をこすりながら篠田が姿を現した。オープニング作品が篠田の『アントン、猫、クリ』で、20時の開演に向けて、早くも音合わせや映像のチェックなどが始まるのだ。作業中のスタッフ一人ひとりに「ありがとう、お疲れー」と労いの言葉をかけながら、篠田は劇場に入って行った。1階ロビーのモニターに、劇場内の様子が映し出され、音楽と映像が流れる。いよいよ、りたーんずが開幕するのだ。

正午前に名残惜しい気持ちでいったん劇場を後にしたが、どうにも観客の反応が気になってしまい、21時すぎに再びアゴラを訪れた。初日から満員御礼。ちょうど終演直後だったため、ロビーや劇場前の通りは観劇後の観客であふれかえっていた。その真ん中で、顔を上気させた篠田がたくさんの人に囲まれ、興奮気味に話しているのが見える。観客の様子で、いい初日だったのだろうと感じた。

舞台写真/中屋敷法仁 演出「学芸会レーベル」

▲中屋敷法仁 演出「学芸会レーベル」

それから連日、各組の初日が続いた。組ごとに、初日にはやはり独特の緊張感がある。私は中屋敷組の初日を観たが、笑いの要素が多い芝居ということもあり、客席の反応に合わせて役者が勢いに乗っていくのが、はっきりと伝わってきた。終演後、役者として初舞台を踏んだ劇作家の今村圭佑(Mrs.fictions)が、「とっても緊張した! でもすごく面白かった!」と、普段の落ち着いた様子とはうって変わって、ハイテンションで話していたのが印象深かった。

が、初日ラッシュが一段落しても、現場の緊張感はその後もあまり変わらなかった。6作品交互上演のため、公演と公演の間に数日間の隙間ができる。その間の稽古で演出に変更や追加があり、作品は毎回、進化していたのだ。開演直前に演出家たちが楽屋やロビーをうろうろしながら、「あー、出ないのに緊張する〜」とつぶやく姿を何度も見掛けた。

劇場の中だけに留まらない

舞台写真/神里雄大 演出「グァラニー〜時間がいっぱい」

▲神里雄大 演出「グァラニー〜時間がいっぱい」

「りたーんず」公演期間中は、ロビーもさまざまに変貌していった。机と椅子、黒板を持ち込み、“教室風”を演出。壁には演出家たちの本棚をつくり、彼らが持ち寄った本やマンガ、卒業アルバムや文集など、さまざまなものを並べた。また、書き込み自由のロビー交換日記や無料コーヒーが用意され、(演出家たちが14歳だった)97年当時のヒット曲(Mr.Childrenとか安室奈美恵とかGLAYとか)を流したり、出演者がタロット占いや「デブ講座」なる企画を自主的に行なったり、「給食」と称して有志がまかないをつくったり、元ポタライブ・現playworks主宰の岸井大輔が自作のために関係者リサーチを行なっていたり、またそのロビーの様子をweb中継したり。さらに料理が得意な篠田は、ほかの料理好きなメンバーと急遽料理ユニットを組み、みんなに得意料理を振る舞った。雑誌「りたーんず」の編集を担当した藤原ちからは、劇場のそこかしこで突発的に始まる関係者たちの会話を記録し、フリーペーパーをつくった。『14歳の国』を観に来た宮沢章夫が杉原とロビーで急遽、アフタートークをすることになった……などなど。

想定外でも、面白そうなことはどんどん取り入れていく。それは企画の始まりから演出家たちがずっと口にしてきたことだ。が、それら一つひとつが本当に楽しく、滞りなく実現できたのは、やはりスタッフたちの強いチームワークのおかげだろう。特に制作統括の野村政之、宮永琢生をはじめ、木元太郎、山本ゆい、佐藤泰紀ら制作チームは、演出家たちとは別に半年間にわたって何度もミーティングを重ね、万全の体制を整えていたし、公演中も連日劇場に張り付いて、黙々と自分の役割を務めていた。制作の業務は、出演者や演出家、スタッフに対する「内的」なケアと、観客に対する「外的」なケアと、さまざまなアクシデントへの対応と、多岐にわたる。それら多様な仕事をこなしつつ、さらに想定外のイベントを受け入れていくのは、体力的にも精神的にも本当に大変だったと思う。