特集:劇団桟敷童子「黄金の猿」  - 特集ページ - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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その1 演出 東憲司インタビュー

この1年半、東憲司が書きたくて書きたくてたまらなかったという新作『黄金の猿』。その思い入れの深さは、精緻に練り込まれ、今まで以上に気合いの入った台本と、ベニサン・ピット内に巨大プールを作ってしまうという、前代未聞の装置プランを聞いただけでもよく伝わってくる。目を輝かせ、身振りも大きく新作について熱弁をふるう東につられて、話を聞くこちらもいつの間にか前のめり。これは大変な力作になりそうだ。

取材・文=熊井玲(シアターガイド)

写真その1/東憲司 インタビューの様子

ー1年半ぶりの新作です。

• 東 劇団を旗揚げしてから、僕の中で新作20本を書くまでは再演しないということをあえて決めていたんです。それが去年、本公演と番外公演合わせて20本を超えたので、そろそろ再演をやってみようと。それで去年の秋から今年の1月にかけて、代表作『博多湾岸台風小僧』『しゃんしゃん影法師』『泥花』の3本を再演しました。

その間、外部のお仕事もさせて頂いて、とても楽しかったんですけど、自分としてはやはりちょっとお行儀が良かったのではないかと(笑)。それで今回は荒っぽい、アングラチックなお芝居をやってみようと思っています。

ー3作品の再演をやって新たな発見はありましたか?

• 東 ほんの何年か前に書いた本なんですけど、今読むとまだまだ青いなと恥ずかしさでいっぱいになりました(笑)。と同時に、自分がやりたいことはこういう方向性だったと再確認できました。僕は美術がすごい好きで、美術がやりたいがために劇団を旗揚げしたようなものなんです。本を書く人がいなかったから、仕方なく自分で書き始めたんですけど、再演を通して、その台本を書き始めたころのことを思い出しました。と同時に、日本の風土とか郷土史に基づいたものを、もっと掘り下げて書いていきたいと思いました。

ー新作はどんなお話なんですか?

• 東 戦国時代を舞台に、虐げられ、追いつめられた九千坊一族の民を救う話です。九千坊一族というのは、中国から日本に渡ってきた民のことなんですけど、僕はこの九千坊一族の話がすごく好きで、旗揚げ公演の『餓鬼道の都市』(99年)、『可愛い千里眼』(04年)、外部に書き下ろした『骨唄』でもこの一族の話を扱っているんです。戦乱の世にあった紀元前の中国で、九千坊という尼僧が子供たちを日本に疎開させた、という伝説が福岡にあるんですね。でも九千坊一族は日本の民に受け入れられなくて、普通のところに住めず、水辺や沼地に暮らしていたと言います。中国から来た子供たちなので、頭を剃髪にしていて、水辺で暮らすから溺れないようにブタとか羊の腸でつくった浮き袋を背負っていて、日本人には分からない言葉を話していた。河にいた童ということで、彼らが河童の起源になったと言われています。今でも福岡は河童の伝説のある地で、河童の総大将を福岡では九千坊って言うんです。この九千坊の一族が、一説によると漢字や医術、玩具、農耕技術を日本に伝えたと言われていて、その中には風車も入っていたと言われています。僕はそこに、非常にロマンを感じているんですね。もともと河童の話とか水木しげるさんの作品世界が好きだったこともあり、この九千坊一族の話はたびたび書きたくなります。再演中も早くこの話が書きたいってずっと思ってました(笑)。

今回は、その虐げられた九千坊一族を救う話ではあるんですけど、僕は辛口が好きなので、単なるハッピーエンドにはしません。悲劇が待ってはいるんですけど、でも最後に一筋の光を与える作品にしたいと思ってます。

写真その2/東憲司 インタビューの様子

ータイトル『黄金の猿』にはどんな意味がこめられているんですか?

• 東 河童を河猿とか水猿っていう言い方があるんです。で、今回の舞台が、もともと金山だった架空の場所を想定しているので、それで『黄金の猿』と。

ー作品を書かれる時に、時代や場所の設定はしっかり決めているんですか?

• 東 そうですね。時代設定は、あんまり遡る時はぼやかしますが、明治とか戦中とか戦後とか、その辺りを舞台にすることが多いです。多分、その時代を描いた映画が好きだったというのが大きいと思うんです。僕はポルノ映画からアニメ、前衛映画までなんでも観るタイプなんですが、中でも黒澤明さん、小林正樹さん、今井正さんの映画が好きです。

場所については、郷土史を調べるのがもともと好きなんです。僕は筑豊の炭鉱町の生まれで、両親は教師なんですけど、父方も母方も炭鉱の仕事に従事していた家だったので、おふくろと親父から炭鉱の話をいろいろ聞いて育ちました。それと、小学校にあがるくらいまでお寺の離れに住んでいたんです。仏教徒でもなんでもないんですけど、巡礼者が鳥居をくぐって行き来する、その近くで暮らしていたので、土着的なものへの関心が身に染みついてしまったのかなと思います。