麿赤兒 インタビュー 創刊15周年記念インタビュー 第2弾 - 特集ページ - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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記念インタビュー 第2弾
麿赤兒

「15周年」なんて言葉もこの人の前ではひよっこの言。今年、旗揚げから35周年を迎えた大駱駝艦の艦長・麿赤兒氏は、呵々大笑しながら長き“航海”を遊びと言いきる。「劇顔」からコミック評までシアターガイドにも、さまざまに登場している御大の、遊び心の奥に迫る。

写真撮影=宮川舞子

大駱駝艦の二つの謎

麿赤兒

―身体ということについてもう一つ質問があります。肌を白く塗るのはどうしてですか?

色々ありましたからね。最初は気持ち悪いのにしたくてねぇ。黒くしたり。茶色も赤もあった。まあ、白が一番色を、人の欲望を誘発するというかさ。目の欲っていうものに一番耐えられるんじゃないかって。だって自分がその白にビャッと色を塗りたくなるもの。真っ白なキャンバスにボーっと向かって「これでいい」って、普通そうは考えないよね。この辺に色入れてみようかなって思う。色は勝手に入れて下さいみたいな。それから、影。陰影ということで言えば、やっぱり白が一番光に敏感だし、ということも理由としてあるよねぇ。ということをやりながら、だんだん覚えていったっていうかね。歌舞伎も白くしたりする。発想的には似てるんじゃないかな。江戸時代はやっぱり光が少なかったとか、蝋燭とかで光を当てるでしょ。古代ギリシャの仮面だって、やっぱり月の光を一番反射する、弱い光でも反射するとかね。あとは、どっちかっていうとひび割れてたり、色褪せてきたり、そういうのが好きなんだよね。時間の経過してるっていうものに、惹かれるということはあるね。

―もう一つ気になっていたのは、大駱駝艦の公演に付いている「天賦典式」(「この世に生まれ入ったことこそ、大いなる才能とす」の意)という言葉。もともとある言葉なんですか?

いや全然。「天賦」ってのは元からある言葉でしょ。「典式」も式典もな。それを、どかんとくっつけちゃっただけですよね。「テンプテーション(魅惑)」とかモジっちゃったりしてね、後付けで(笑)。まあ基本的には、いわゆる儀式っていうのが好きなんですよ。儀式化することによって一つの浄化が、良くも悪くも行われるわけだ。結婚式にしても葬式にしても、浄化としての儀式だと思うんだよ。家を建てる時に何かやるとか、橋を架ける時に何かやるとかっていうのも。儀式っていうと伝統的な儀式ばっかり考えてしまうけどね。もっともっと面白い儀式、それもさっきの話で言えば、「○○のあはれ」とかね、そういう世界を見たい。くだらな〜い、ウンコするための儀式とかな。毎日、われわれはやってるわけじゃない。儀式とは思わなくても。別にウンコする前にお祓いしていく奴は滅多にいないけどさ(笑)。ちょっともよおしてきたっていうことさえも儀式にしてみるとな、どんな局面でも、われわれが一歩進むためのの儀式みたいになってくるわけでしょ。気がつかなかったものに気がつくというかな。ただ、われわれは宗教と違って、見世物にしちゃおうっていうのが一方であるからな。「座禅も見世物にしちゃおう」みたいな。だからまあ、救われねぇよな。やっぱり、因果な商売だよなぁと思う(笑)。

まだまだ遊び足りない

―今年、大駱駝艦は35周年を迎えられたわけですが、30周年の時の「シアターガイド」のインタビューで「気づいたら30年が経っていた」とおっしゃっていたのが印象的でした。集団を維持しようという意識はあまりないのでしょうか?

あんまり無いね。続けようとか、組織はどうしようとかね、そういうのは面倒くさくてしょうがない。なんで続いたのかもなぁ、よく分かんないんだよ。「麿赤兒」って赤ん坊のつもりだから(笑)。まあ遊んでいるうちに日が暮れちゃったとかね、夜が明けちゃっても分かんないという感じなんだよ(笑)。寂しがりやなんだろうな、基本的に。子供の時って、人と遊んでても、お母さんが「○○ちゃんご飯ですよ〜」って呼ぶと、みんな帰っちゃうじゃない? それが寂しいんだよ。だから、家へ帰るよりもコッチで遊んでる方が面白いよってなるように工夫をする。今もね、職業と同時に遊んでるのと同じ。遊びを職業化していくというかな、その発見が遊びになっていくというかな。だから、遊びの持続をどうやってやろうかと考えてるだけ。

―遊びがもう、行きつくところまで行きついたって感じたことはないですか?

ないねぇ。なくなったら何かほかのことを考えなくちゃいけねぇしな。

―大駱駝艦で遊べることはまだまだありそうですか?

キリないよね。生きてる以上それは。ちょっと生き過ぎたかなぁと思うこともあるけど、もし余命が10年と言われたら、もっと遊びたいと思うよな。あんまり早く死にたくはないけど、まだいっぱい時間があると考えると、遊びもダレてくるからさ(笑)。

麿赤兒

1943年奈良県出身。山本安英主宰の「ぶどうの会」を経て、64年から舞踏家・土方巽に師事。一方で、唐十郎率いる状況劇場に俳優として参加する。退団後の72年に舞踏集団・大駱駝艦を結成。“天賦典式”の概念のもと、スペクタクル性の強い作品で注目を集め、82年にはアメリカ・フランス公演を成功させ、海外に「Butoh」の名を轟かせる。俳優としても映画「KILL BILL」「ゲルマニウムの夜」、テレビドラマ「優しい時間」「時効警察」など幅広い作品に出演。今年12月には、大駱駝艦の35周年記念公演となる新作「カミノベンキ」「カミノコクウ」を発表。また、写真集「ガドウィンの河をわたる時」(ランダムハウス講談社)も20日に発売されたばかりだ。

来年1月19日から渋谷のシアター・イメージフォーラムで、大駱駝艦の夏合宿に密着したドキュメンタリー映画「裸の夏」が公開される。

大駱駝艦天賦典式 創立35周年公演「カミノベンキ」
(12/13〜16 世田谷パブリックシアター)

舞台「カミノベンキ」より 撮影=松田純一

撮影=松田純一

 オープニングは長い暗転。その暗闇に慣れ、安心感さえ覚え始めたころ、カチカチと火打石が鳴り、戸惑うように照明がまたたく……。『カミノベンキ』は、人と火(道具)の出会いをきっかけに、原始から未来に至るまでの人の営みを運命づけた出会いと発見、欲望、その末の悲しみや笑いをSF的世界観の中に描く。いつにもまして激しく、自由で、スピード感のある動きは、踊りというよりむしろ“踊らされ”にも見え、狂気や死さえ感じさせる。この世界に人が生き、時間を消費していくことの虚しさとロマン。アイボリーを基調とした白の世界に、そんな奥行きを見出す時間だった。

*創立35周年公演「カミノコクウ」は12/20〜23まで世田谷パブリックシアターにて上演

映画「裸の夏」

映画「裸の夏」より

▲映画「裸の夏」より

 毎夏、長野県白馬村で行なわれる舞踏集団・大駱駝艦の体験合宿の模様を追ったドキュメンタリー。年齢も国籍も参加理由もさまざまな合宿生約30名が、朝6時から夜9時まで、稽古し、働き、遊ぶ数日間は、都会での日常生活とは違った充実に満ちたある種の“聖域”である。

 朝のランニング、和気あいあいとした食事風景、時折笑いも起こる稽古……その淡白で、思いのほか楽しげな映像に、舞踏につきもの(?)の“暗黒”なイメージや特別な厳しさは見られない。だが、次第に生き生きと変化していく参加者たちの表情からは、この数日間の深い意味――自由な心身を手に入れる――が確かに伝わってくる。

 代表作『海印の馬』を始め、鮮やかな舞台映像もふんだんに挟まる同作。舞踏ファンや表現者を目指す人にはもちろんだが、何より“自意識”をめぐって逡巡する若い人に知ってもらいたい世界だ。

2008.1/19より渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー

【スタッフ】 監督=岡部憲治
 【キャスト】 麿赤兒/大駱駝艦員/2003年度白馬合宿生34名