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【トークセッション レポート】『Wi! Wi! Wilder! 2010』水谷八也×柴幸男×中野成樹

2010年5月にスタートし、いよいよ終盤を迎える、アメリカの劇作家ソーントン・ワイルダーの作品を上演する演劇フェス『Wi!Wi! Wilder! 2010』(以下WWW)。その一環で、ワイルダーの翻訳家である水谷八也と、WWW発起人のままごと・柴幸男&中野成樹+フランケンズ・中野成樹によるトークショーが、昨夏、急な坂スタジオで開催された。三者三様の“ワイルダー愛”が炸裂し、トークは予想以上にディープに。彼らを惹き付けて止まないワイルダー作品の魅力とは? 中野成樹演出『ザ・マッチメイカー』(2月)、柴幸男演出『わが町 可児』(3月)の上演を前に、ぜひこのインタビューを読んでワイルダー熱を盛り上げて!
取材・文=熊井玲(シアターガイド)
撮影=細川浩伸

写真/左から中野成樹、水谷八也、柴幸男

▲左から中野成樹、水谷八也、柴幸男

ワイルダーとの出会い

中野 まず、それぞれどのタイミングでワイルダーを知り、どんなところに惹かれたかを話してみようと思います。水谷先生からお願いできますか。

水谷 僕は、学生のころにESSでOur Town(『(わが町)』)を観て。英語がそんなに難しくないし、セットをほとんど使わないので、ESSでよく上演されてたんです。で、「なんてつまらない芝居なんだろう」と思ってました(笑)。そのあと大学3年か4年の時に戯曲でOur TownとThe Skin of Our Teeth(『危機一髪』)、The Matchmaker(『結婚仲介人』)の3本を読んだんですが、『危機一髪』はボードヴィル仕立てで、『わが町』と全然作風が違うんですよ。僕、お笑いが好きなのでハマってしまいまして、「同じ作家が書いてるとは思えない、ぶっ飛んでるな」と(笑)。そのあと『結婚仲介人』を読んで、またちょっと違う味付けだったので、一体ワイルダーはどういう作家なんだろうと興味を持ち始めました。学生時代、自分でも芝居をやっていたので……。

中野 え、芝居をやられてたんですか? 役者で?

水谷 はい(笑)。シェイクスピア専門の劇団で、原語で上演してました。そんなこともあり、芝居への興味とワイルダーへの興味が結びついて、もうちょっと勉強がしたくなり大学院に進みました。そのころから『危機一髪』を訳し始めて、それが後に本になったんです。

中野 柴君は?

 僕は作風の話からになるのでちょっと長くなるんですけど……。見よう見まねで自分の戯曲を書き始めた時に、参考にしたのが「ハリウッドの脚本術」みたいな本だったんです。それに従って“問題が起こって、葛藤や対決があって、解決”というような、三幕構成の台本の書き方を覚えたんですね。でもある時、時間の流れが一方向しかない、その書き方に行き詰まりを感じて。「今まで書かれていない問題や場所を探す作業ってどうなんだろう」「新しい物語をつくるってどういうことなんだろう」とあらためて考えて、「時間の流れ自体が新しい戯曲を書けないかな」「特殊な事件とかキャラクターではなくて、誰もが知ってて誰もが共感できることを、新しい視点で書きたいな」と模索していました。そのころ、中野さんの影響もあって『わが町』を読んで、「あっ、同じことやってる人がいる!」と(笑)。で、「『わが町』が名作として価値を認められているなら、自分がやろうとしていることも何か意味があることなんじゃないか」と、ワイルダー作品に後押ししてもらったという感じです。

中野 僕は、大学で演出コースにいたんですが、2年生の時に偶然に『わが町』を演出することになって。全然予備知識もなく、いきなり演出することになったというのが、ワイルダーとの出会いです(笑)。だから、例えば1幕が終わってMC(舞台監督役)が現れて、「はい、1幕終わりました。じゃあ、次、3年経ちました」って芝居が進行していくスタイルが、ほかの芝居とはなんだか微妙に違うな、ということは後で気付いたんですけど……(笑)。

(会場、笑い)

写真/中野成樹+フランケンズ「寝台特急」舞台写真

▲中野成樹+フランケンズ「寝台特急」
撮影=鈴木竜一朗

ワイルダーは誤解されている?

中野 まだワイルダー作品を読んだことのない人が一番最初に読むとしたら、何がいいでしょうね?

水谷 『わが町』は一番読みやすいし、知名度もあるから、大学でも学生に読ませることがあります。でも結局何も起こらない作品なので、いきなり読ませてもダメなんですよね。ここ何年か成功しているおススメ法は、まず始めにテネシー・ウィリアムズやアーサー・ミラーなど、アメリカの現代戯曲を読ませるんです。しかもただ読ませるんじゃなくて、そこにどんなことがどんな風に書かれていたか検討し、どんな社会的背景があるのかを議論させる。その後に『Our Town』を読ませるとワイルダーの特異性というか、ほかの劇作家との差が分かるわけですよね。そうやって比較する対象を出さないと、ワイルダーの面白さってなかなか分かりにくいんだと思います。

中野 柴君は最初に『わが町』を読んだ時、内容に関してはどう思ったの?

 ちょうど僕もいろいろ模索している時期だったので、内容のシンプルさについては「そりゃそうだよな」と納得しました。「時間が飛んだり戻ったり圧縮されたりする以上、できるだけありきたりな人生をそのまま淡々と書くのがいいのだろうな」と。ただ3幕のお墓のシーンが……。

中野 ああ、3幕って難しいよね。以前、水谷先生とお話した時に、「『わが町』はすごく誤解されやすい戯曲だ」という話になって。特に3幕は、登場人物のエミリーが死んでいくシーンで、日本だとすごくセンチメンタルに演出されることが多いんです。でも実は、3幕の解釈はとても難しい。エミリーが死んで、ただ悲しいということではなくて、僕は最後に、ある種の哲学が出てくると思うんですよ。死ぬってどういうことか、死ぬ感覚ってどういうものかをエミリーが分かっていく。そういった、死んだ人間の視点や価値観をワイルダーは描こうとしていたんじゃないかと思います。

水谷 ワイルダーは博覧強記の人だったけど、その知識の根底にプラトンの影響がかなり強くありますね。プラトンの考え方は魂と肉体の二元論で、「魂はもともと天上界にあり、すべての真理を既に知っている」というもの。「魂は人の肉体に入る時に一度すべての記憶を忘れてしまうが、なんらかの刺激でそれらを思い出すことがある。それが “知る”ということである。だから“知る”ということは、人間がかつて知っていたことを、もう一回思い出すことなんだ」と。ワイルダーはそういった、見えない真理みたいなものを、いわゆる「想起」させたいと、そのことにこだわっていたんですね。

 ワイルダー自身、あとがきでセンチメンタルな演出を否定していますよね。僕はワイルダーの、そういうある意味、俯瞰的な目線がすごく面白いと思ってて。誰にも余命があって死ぬのは悲しいんだけど、でも何千年とか何万年とかってレベルで考えると、もう「人が死ぬから悲しい」というレベルの問題ではなくなってしまう、という。

水谷 日本だけじゃなくて、実はアメリカでもワイルダーって誤解されていて、のほほんとしたよいお話って作風だと思われているんですよ。その典型はひょっとしたら『わが町』の映画かもしれないんですけど……映画のラストシーンはお芝居とは全然違って、エミリーが死なないんです。

 そうなんですか!

水谷 エミリーは難産で一度、昏睡状態に陥るんだけど、甦ってハッピーエンドなんです。

中野 今『結婚仲介人』を読んでるんですけど、あれも映画では4幕がカットされてて、“チャンチャン!”って感じの終わりになってますね。

水谷 『わが町』はアメリカの戯曲の中でもダントツに上演回数が多いのに、実は最も理解されていない芝居の一つなんです。ワイルダーの一幕劇集の序文にある劇作家が書いているんだけど、「もしアメリカの演劇人でラシュモア山の4大統領の像*みたいなものをつくったら、オニールとウィリアムスとミラーは必ず入るだろう、そして4人目はワイルダーだろう、だけどその理由は誰にも分からない」と。それほど親しまれているのに、さっき中野さんが話してくれたような、ある種哲学的な、冷静な目線はなかなか理解されていないようです。

*ラシュモア山の4大統領の像:アメリカ・サウスダコタ州のラシュモア山国立記念公園にある、山の岸壁に彫られた巨大な彫像。アメリカ合衆国の建国に貢献したジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、セオドア・ルーズベルト、エイブラハム・リンカーンの4人の胸像が並ぶ。

中野 柴君は7月に『ロング・クリスマスディナー』をやったけれど、『ロング〜』はどうだった?

 『華麗なる招待』というタイトルでやったんですが、『ロング〜』は一幕劇集で読んだ時からやりたいなと思ってて、面白かったですね。『ロング〜』の、90年分の時間を圧縮して見せるという方法は、『反復かつ連続』という作品で朝食時間を圧縮して女性の一生を見せるという、似たようなことをやっているんですが、『ロング〜』は本当に隙がない、無駄のない戯曲だと思いました。あと、やっぱり僕としてはワイルダー作品の企みというか、仕掛け的なところにシンパシーを感じるので、「死」の口という仕組みにシビれます(笑)。人が淡々と死んでいくさまを、どうやってリアリティーをもって表現するか考えた時に、これほどの発明はないなとすごく感動しました。ただ、正直なところで言うと、“誤意訳”*するつもりで取り組みましたが、劇作家としてはまだワイルダー作品を自分の中では消化できてないなと思っていて。誤意訳するには、作家的な目線で、ある解釈や方向を決めて台本を書き直すことが必要だと思うんです。『華麗なる〜』では、演出家として言葉や構造の仕掛けを変えるに留まったので、ワイルダーと劇作家としてこれからどう取り組んでいくのかは、いま考えているところです。

*誤意訳:中野成樹による造語で、翻訳劇を誤訳・意訳し、新たな現代劇として生み出すこと。

水谷 「死」の口について補足すると、『ロング〜』には「生」の口と「死」の口があって、役者たちはクリスマス・ディナーの並んだ食卓を囲んで会話してるんだけど、新しく生まれると「生」の口から人が出てきて、反対に年を取ると徐々に「死」の口へ向かう。非常に奇妙な芝居なんですよね。柴さんが『反復〜』を作った時は、『ロング〜』を……。

 まだ知らない時ですね。

水谷 それはすごいな!

 いえ、実は始めは全く違う発想が元にあって、たまたま結果的にこういう形になっただけなんです(笑)。