特集|「ミュージカル映画事典」の著者・重木昭信に聞く【第2回】ミュージカル映画誕生の背景演劇ポータルサイト/シアターガイド
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「ミュージカル映画事典」著者に聞く

世界初のミュージカル映画「ジャズ・シンガー」(1927年)から「イントゥ・ザ・ウッズ」(2014年)まで、アメリカ・ミュージカル映画の全貌を紹介する本邦初の事典「ミュージカル映画事典」。アメリカの映画・テレビ作品を中心に、英・独・仏の主要作を含めた約3400作品を収録した本著が、どのようにして執筆されたのか、著者・重木昭信に聞いた。

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【第2回】ミュージカル映画誕生の背景

「【第1回】ミュージカル映画との出会い」はこちら

■長峯:今回の事典作成では、編集と進行に関わらせて頂いたのですが、とにかく原稿の量に驚きました。前回のお話しにもありましたが、予定したページ数をはるかに超えて、厚くて重たい本になりました。しかも、お一人で書かれました。

◇重木:映画に音が付いた「トーキー映画」が発明されたのが1920年代の後半でした。そのトーキー映画の最初の作品から現在までの、約90年間に作られた作品を一通り取り上げたら、最初の予定より400ページ以上増えて、1000ページを超えてしまいました。索引だけでも150ページくらいあるので、整理にも苦労しました。そのようなわけで、書き始めてから5年ぐらいかかりましたが、パソコンなしには出来ない作業でした。

■長峯:気の遠くなるような作業だったと思います。映画を一本ずつ解説して、ストーリーも書かれていますが、どのように調べたのでしょう。

◇重木:21世紀に入ったころから、DVDやインターネットの動画サイトで、これまで観ることができなかったような古い作品も観られるようになりました。ところが、こうした古い作品は断片的な映像しか残っていなかったり、言葉も解らなかったりで、困ってしまいました。いろいろと本で調べたのですが、日本はおろか、外国にも網羅的に作品を説明した本がなかったので、仕方なく自分でメモを作る延長で本を書いたわけです。

■長峯:さらに、アメリカだけでなく、英国、ドイツ、スペイン、フランス、イタリア、ソ連などのミュージカル映画も取り上げています。欧州でもミュージカル映画がこれほどまでに作られていたことに驚きました。

◇重木:最初はアメリカの作品だけを考えたのですが、アメリカのテレビ作品も入れた方が良いとか、同じ英語圏の英国の作品もと、書き足しているうちにどんどんと広がってしまいました。本当は、最近のインド映画や、日本の昔の作品も扱った方が良いのかもしれませんが、調べきれないので、途中であきらめました。アメリカ以外の国のミュージカル映画をこれだけまとめた本は、外国でも出ていないと思います。

■長峯:国によって何か特徴があるのでしょうか。

◇重木:ミュージカルでは歌や踊りが入りますが、国によって伝統的な音楽や踊りが取り入れられるので、個性豊かなものとなります。例えば、スペインならばフラメンコが、イタリアならばナポリ民謡やオペラが、ロシアならば民謡や民族舞踊が取り入れられます。しかし、アメリカのミュージカル映画が面白かったので、世界各国ともその影響をかなり受けていることが分かります。ナチス・ドイツ時代に作られたミュージカル映画ではダンサーが並んで幾何学模様を描くような場面も出てきて、ナチスの隊列行進の影響だと考える人もいますが、私はむしろアメリカのバスビー・バークレイ映画の影響ではないかと思っています。

■長峯:今回の事典では、作品の解説だけでなく時代背景の説明なども付け加えられていて、大変参考になりますね。

◇重木:もはや大半の人が戦後生まれとなりましたので、1930年代や1940年代の時代の雰囲気というものを、肌では知らないと思います。少し説明を加えないと分かりにくいのではないかと思い、簡単にですが、歴史的な背景に触れました。時代への風刺的、迎合的な作品も多いので、どのような時代背景で作られたかを説明しないと、面白さが十分に伝わらないためです。現在の作品ならば同時代人ですので、素直な感想だけでも伝わりますが、過去の作品はそういうわけにはいきません。

■長峯:ミュージカル映画が誕生した、1920年代末から1930年代というのはどのような時代背景だったのでしょうか。

◇重木:第一次世界大戦(1914〜18年)が終わった後に、欧米では戦争中に労働動員された女性たちが長い髪をバッサリ切り、断髪姿の短いスカート姿で社会進出して、過去にないほど元気な時代となりました。女性の社会進出の始まりです。アメリカでは「動乱の20年代」と呼ばれました。しかし、1927年のトーキー映画誕生の直後にバブル経済が崩壊して、1929年の大恐慌があり、1930年代は大不況の時代となりました。その不景気な中で求められたのは、この世の憂さを忘れさせてくれる楽しい音楽作品でした。一方、欧州ではナチスが台頭してくる中で、優秀なユダヤ系の人材がアメリカへ逃げ出し、アメリカの映画界や演劇界で活躍することとなります。ドイツからアメリカに渡った大女優マルレーネ・ディートリッヒはユダヤ系ではなかったので、ナチスはドイツに呼び戻そうとします。ところが、ディートリッヒの魅力を引き出したのは、ユダヤ系のスタンバーク監督だったので、ディートリッヒもドイツには戻りませんでした。

■長峯:才能の多くがアメリカに集まったということですか。

◇重木:基本的にはそうですが、逆のパターンもありました。アメリカには人種差別があったので、黒人の芸人たちは不満を持っていました。ジョセフィン・ベイカーはアメリカでは大して芽が出なかったのですが、1920年代の中頃にパリへ渡りました。パリでは、腰の周りにバナナをぶら下げて踊る『バナナ・ダンス』で人気が出ました。今だといろいろと問題があって、こうした衣装は問題があるかもしれませんね。この芸がパリのキャバレーで当たったので、フランスで作られた何本かのミュージカル映画に出ています。彼女は「私には二つの愛がある。私の祖国とパリに…」と歌っています。

■長峯:この事典では作品の内容や社会の背景だけでなく、技術的なことも随分と書かれていて、映画製作の技術的な歴史もわかりますね。

◇重木:私自身が技術的な背景を持っていることもあり、これまでの映画関係書物では取り上げられていない技術的な事柄にも触れました。技術の進歩は産業革命以降に人々の生活に大きな影響を与えていますし、映画の発達も技術発展の歴史とも言えるわけです。つい100年前に発明された映画も、フィルムの時代を終えて、今ではデジタル上映の時代となってしまいました。私がレコードを集め始めた時には、SPレコードからLPレコードへの転換期でしたが、あっという間にCDとなり、ネット配信の時代となっています。

■長峯:ミュージカル映画の製作上では、どんな技術が影響しましたか。

◇重木:まず、無声映画だったものが、音付きの映画になります。映画館で大きな音を鳴らすためには、電気信号を増幅する真空管と、その信号を再生するためのダイナミック・スピーカーが必要でしたが、どちらも1920年代の後半に実用的な製品ができました。昔の78回転のSPレコードは、1900年代からありましたが、電気回路を使った録音で音質が向上したのは1925年からです。その音質向上したレコード音を、映画の背景音楽として流した「サウンド映画」が作られたのは翌26年です。背景的な音楽の挿入だけでなく、画面上の人間の喋る言葉とレコード音声をピタリと合わせるようにした「トーキー映画」の誕生は1927年ですから、驚くほどの速さで実用化が進みました。

■長峯:目覚ましい展開ですが、その後は順調に発展したのでしょうか。

◇重木:レコード盤を使った上映方式は耐久性がなく、すぐにフィルム上に光学的に音声記録する方式に変わります。次の課題はカラー映画で、トーキー初期には赤と緑の2色式のカラー映画がたくさん作られました。しかし、もっときれいな色で見たいということから3色式の映画が作られたのが、1930年代の中頃です。最初はフィルムの感度が悪かったので、ディズニーの漫画映画にしか使えませんでした。アニメーションはコマ撮りなので、フィルム感度が低くても問題ないわけです。

■長峯:一般に、ミュージカル映画というと、カラーで豪華絢爛なイメージですが。

◇重木:カラーの技術が確立しても、1950年ごろまでは3原色に分解して3本のフィルムに記録する方式だったので、フィルムのコストが白黒映画の4倍ぐらい必要で、特別な作品だけがカラーで作られました。1939年の「オズの魔法使」は、そうした初期カラーの代表的な作品ですね。カラー作品が安価に撮れるようになったのは、1950年代の前半からでした。ちょうどその時期にアメリカでテレビ放送が本格化したこともあり、テレビの人気に対抗するために、ハリウッドは、天然色と呼ばれたカラー化、立体音響と呼ばれたステレオ化、シネマスコープのような画面の大型化を進めました。同じ時期に、立体映画と呼ばれて、眼鏡を掛けてみる3D映画も作られましたが、これは一時のブームに終わりました。

−−次回では、トーキー初期に活躍したスターたちのお話を伺います。お楽しみに。
(5月17日更新予定)

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プロフィール

重木昭信 プロフィール

■重木昭信(しげき・あきのぶ)
1951年生まれで、1973年から大手通信会社勤務。1988年から情報通信会社で大規模情報システムの開発に従事。2007年に情報通信会社代表取締役副社長。プロジェクト・マネージメントの功績により、2011年にプロジェクト・マネージメント学会賞を受賞。2012年情報サービス会社代表取締役社長。現在は会社顧問。中学生時代からミュージカルの歴史を研究し、芝邦夫の筆名でも著作を発表。主な著書に「ブロードウェイ・ミュージカル事典」(芝邦夫)劇書房 1984(増補版1991)、「ミュージカル映画事典」平凡社 2017

■長峯英子(ながみね・ひでこ)
演劇/出版/ワークショップ等企画、プロデューサー 劇書房主宰


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