特集|「ミュージカル映画事典」の著者・重木昭信に聞く【第5回】第二次世界大戦中と戦後のミュージカル映画演劇ポータルサイト/シアターガイド
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「ミュージカル映画事典」著者に聞く

世界初のミュージカル映画「ジャズ・シンガー」(1927年)から「イントゥ・ザ・ウッズ」(2014年)まで、アメリカ・ミュージカル映画の全貌を紹介する本邦初の事典「ミュージカル映画事典」。アメリカの映画・テレビ作品を中心に、英・独・仏の主要作を含めた約3400作品を収録した本著が、どのようにして執筆されたのか、著者・重木昭信に聞いた。

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【第5回】第二次世界大戦中と戦後のミュージカル映画

「【第4回】黄金期のスターたち」はこちら

■長峯:第二次世界大戦中には、アメリカ映画が日本に入ってこなくなりましたが、ハリウッドでの映画製作のどのようだったのですか。

◇重木: 戦争中に戦意高揚のための映画を作るのは、洋の東西を問わずにどの国でも同じです。第二次世界大戦中のアメリカの場合では、国民生活で辛いことも多く、社会全体でストレスが溜まるので、それを払拭するような娯楽映画が多く作られました。また、戦場の兵士たちを慰問する目的の娯楽映画もたくさん作られました。慰問映画のパターンは決まっていて、美人女優が兵士と恋に落ちるというものです。アメリカ軍は、陸軍、海軍、海兵隊とあったので、どの社も三軍へ向けた作品を作りました。その中でも、慰問映画に一番熱心だったのはフォックス社です。金髪の美人女優を並べて、兵士の間で人気となりました。最初が低く深い声で歌う美人歌手のアリス・フェイです。次がベティ・グレイブルで、ベティのピンナップ写真は大変な人気となり、ピンナップ女優と呼ばれました。こうしてフォックス社は金髪女優のイメージが固まり、ミッツィ・ゲイナー、マリリン・モンローと金髪女優が続きました。

■長峯:美人女優が出演するだけの映画ですか。

◇重木: 基本は美人女優が歌って踊る映画ですが、多少エキゾチックな味付けがあります。アメリカから見てエキゾチックというと、大戦前には欧州を描くことが多く、もう一つは南洋の冒険物というのもありました。ところが、戦争中はどちらも描きにくくなったために、南米を題材とした作品が増えます。アメリカ政府にとっても、中南米の国を味方として引き付けておく必要があったので、映画界にもそのように働きかけました。ディズニー社は世界中に作品を配給して収入を得ていたのですが、戦争で外国からの収入が途絶えて経営的に苦しくなり、政府の補助金を得て中南米を題材とした中編の作品を2本作りました。

■長峯:大戦後のミュージカル映画の変遷についても書かれていますが、テレビの普及が大きな影響を与えたようですね。

◇重木: 戦後になってミュージカル映画は大きく変わります。まず映画とテレビとの競争が熾烈になります。家庭でも見られるテレビに対抗するため、映画界は、テレビでは見る事の出来ないような豪華な大作を作り始めます。長年続いてきたスタンダードな画面サイズも、1953年のシネマスコープで横長化が始まり、1954年のヴィスタヴィジョン、1955年の70mm映画と続きます。一方、ブロードウェイでは、1943年にリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世が「オクラホマ!」を発表します。これは現代の「台本」ミュージカルの出発点となった作品で、これが観客に大いに支持されたので、「回転木馬」(1945)、「南太平洋」(1949)、「王様と私」(1951)と、台本ミュージカルの名作を続けさまに発表しました。これらの作品は「オクラホマ!」(1955)が70mm画として公開されて以降、いずれも大作として映画化されました。

■長峯:戦前と戦後のミュージカル映画の違いは何でしょうか。

◇重木: 戦前と戦後とでは大きく変わりました。戦前もミュージカル映画は舞台からの借用が多かったのですが、戦前の舞台ミュージカルは、良い曲がちりばめられてはいるものの、台本はルーズでした。ですから、映画化時にはヒット曲だけを使い、話は換骨奪胎して全く違った作品を作り、舞台と同じ題名で公開しています。しかし「オクラホマ!」以降は、台本と歌、そして踊りが緊密に結びついたので、簡単に改変できずに、舞台に忠実な映画化が増えてきます。また、舞台から移って行った芸人たちもそろそろ種切れとなり、出演者も様変わりします。こうして、ミュージカル映画は舞台的な作品が増えました。

■長峯:舞台と映画では、作り方や俳優の表現方法も異なると思いますが、その傾向はずっと続くのですか。

◇重木: やはり長くは続かずに、「ウエスト・サイド物語」(1961)で大きな転機が訪れます。この作品は、現代版の「ロメオとジュリエット」ですが、芝居や歌だけでなく、『踊り』が決定的に重要な役割を果たしました。その踊りを振付けたのが、ジェローム・ロビンスです。ですから映画化する時にも、ジェローム・ロビンスが振付や監督として参加しています。しかし、ロビンスは映画監督としての経験がなかったので、映画監督としてはロバート・ワイズが主に働きました。ワイズ監督は映画の編集から監督になった人で、編集のベテランです。二人が共同作業をしたところ、振付家のロビンスが『踊り』そのものを見せたいと考えたのに対して、ワイズ監督は踊りを「編集」して『映画』として見せたいと考えました。その結果、映画では両者の思いが交錯しています。『踊り』そのものを見せるのか、編集をして『映画』的に見せるかという問題は、トーキー初期のフレッド・アステアとバスビー・バークレイ監督の考え方の違いの再現でした。

■長峯:大変興味深い話ですね。結局、その対立はどうなったのですか。

◇重木: リハーサルに金をかけすぎて製作費が足りなくなるという理由で、ジェローム・ロビンスは追い出されてしまい、最終的にはワイズ監督が映画を完成させます。こうして作られた「ウエスト・サイド物語」が大ヒットして高い評価を得るので、ワイズ監督は自信を持ち、映画的な編集を全面的に使った「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)を作りました。この作品は、ジュリー・アンドルーズの魅力もあり、アメリカのみならず世界中で大ヒットしました。さらに自信を深めたワイズ監督は、同じくアンドルーズを主演にして、ガートルード・ローレンスの伝記作品「スター!」(1968)を作りますが、この作品は興業的に失敗し、この路線は行き詰ります。結局、ミュージカル映画は芸人の芸を最大限に引き出して撮るか、編集によって徹底的に映画の魅力を作り出すかしかないのですが、撮るに値する芸人がいなくなってしまい、芸も貧弱になってきた現代においては、残された選択肢はかなり少なくなっています。

■長峯:その後、芸人の映画というのは続いているのでしょうか。

◇重木: 作品そのものの魅力ではなく、芸人の魅力で人を引き付けることができるというのは、別の言い方をすると一枚看板のスターが出演するということになると思いますが、少なくともミュージカルの世界では、残念なことに殆んどいなくなってしまいました。60年代には、エルヴィス・プレスリーやビートルズなどのロック系のスターが表れます。また、舞台からはジュリー・アンドルーズの他にも、バーブラ・ストライザンド、ライザ・ミネリ、シャーリー・マクレーンなどが登場しますが、その後は出てきません。昔ほど舞台で鍛えられなくなったことと、製作本数が減りチャンスが得られないので、芸人が育ちにくくなった気がしますね。

■長峯:ロック音楽は、ミュージカル映画にどのような影響をもたらしましたか。

◇重木: 使われる音楽は確実にロックの影響を受けています。しかし、あまりにも本格的なロックの音楽は、ミュージカルと相性が悪いようで、思いのほか取り入れられていません。特に「台本」ミュージカルの場合には、歌の歌詞にも重要な意味があり、歌詞が聞き取りにくいと作品として成立しません。そこで、電気的に増幅したギター音が大音量で響くような演出は避ける必要があり、そうしたことから控えめにロック音楽を取り入れているように感じています。音楽的にはロック音楽は驚くほど保守的なコード進行を持つ曲も多く、18-19世紀のクラシック音楽の古典と同じです。そうした意味では、ミュージカルの曲と変わるところはありません。

■長峯:21世紀に入ってのミュージカル映画を、どう思われますか。

◇重木: 新作という点では何本か出てきていますが、新しい表現は出ていないと感じます。舞台で大ヒットした作品は、映画でも大作として作られました。例えば、「オペラ座の怪人」(2004)や「プロデューサーズ」(2005)、「ヘアスプレー」(2007)、「レ・ミゼラブル」(2012)などです。これらは、それなりに面白い作品ですが、映画オリジナルの作品では、残念なことですが、優れた作品が出にくくなっています。芸人がいなくなったことが一番の原因だと思います。

■長峯:最近は舞台ミュージカルも、原作を映画に求めることが多いようですが。

◇重木: 昔の舞台ミュージカルは、映画が発達していなかったこともあり、小説や舞台劇などを原作としたものが多かったのですが、最近は映画を原作にした作品も増えています。MGMの「リリー」(1953)が、舞台ミュージカルの「カーニヴァル」(1961)となったあたりからそうした例が増えました。1980年に舞台版の「四十二番街」が上演されて、1930年代のバークレイ作品がそのまま舞台で再現されたことで、すっかりと映画の舞台化も市民権を得た印象です。ディズニー社はブロードウェイの劇場を手に入れて、1990年代のディズニー・ルネッサンス時代の名作を、次々と舞台化しました。映画の「リトル・マーメイド 人魚姫」(1989)、「美女と野獣」(1991)、「アラジン」(1992)、「ライオン・キング」(1994)などです。英国の「リトル・ダンサー」(2000)は、2005年に舞台ミュージカル化されて、その舞台を実写的に撮った映画が2014年に公開されました。

−−次回は欧州のミュージカル映画について伺います。お楽しみに。(6月7日更新予定)

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プロフィール

重木昭信 プロフィール

■重木昭信(しげき・あきのぶ)
1951年生まれで、1973年から大手通信会社勤務。1988年から情報通信会社で大規模情報システムの開発に従事。2007年に情報通信会社代表取締役副社長。プロジェクト・マネージメントの功績により、2011年にプロジェクト・マネージメント学会賞を受賞。2012年情報サービス会社代表取締役社長。現在は会社顧問。中学生時代からミュージカルの歴史を研究し、芝邦夫の筆名でも著作を発表。主な著書に「ブロードウェイ・ミュージカル事典」(芝邦夫)劇書房 1984(増補版1991)、「ミュージカル映画事典」平凡社 2017

■長峯英子(ながみね・ひでこ)
演劇/出版/ワークショップ等企画、プロデューサー 劇書房主宰


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