『音楽劇 或る晴れた日に・・』 一九四六年三月二一日 三浦環コンサート東京歌劇座 |
| 公演期間 | 2009年9月2日(水) 〜 9月3日(木) |
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| 会場 |
北とぴあ つつじホール (〒114-8503 東京都北区王子1-11-1) |
| PR・解説 |
三浦環・・・、世界を舞台に、ジャコモ・プッチーニのオペラ『蝶々夫人』に 二千回も出演した歌手として、日本のオペラ史を語る上で必ず登場する歌手。 一九一四(大正三)年、夫と共にドイツ・ベルリンへ渡るが、第一次世界大戦勃発でイギリス・ロンドンへ逃れる。ロンドンで指揮者ヘンリー・ウッドのオーディションに合格し、アルバートホールで「リゴレット」のアリアを歌いデビュー。 翌年、ロンドン、「蝶々夫人」の初舞台が大好評を博し、国際舞台へのスタートとなる。プッチーニに認められ、以後アメリカを中心に、帰国する一九三五(昭和一〇)年までの二十年間、世界各都市で公演することとなる。 最後のステージは、一九四六(昭和二一)年三月二一日、日比谷公会堂。帰国後から命を絶つ一九四六(昭和二一)年までも、情勢が戦争へと向い敗戦を迎えた動乱の中で、いくつもの壁にぶつかりながらも音楽活動を続けた。 |
| ストーリー |
音楽教師になろうと音楽学校に行くことを決心した環は父に大反対され、卒業してすぐに結婚することを条件に、明東京音楽学校入学。 卒業後そのまま東京音楽学校研究科の授業補助を命じられる。 大正3年、ドイツに向け神戸港を出港。ベルリン着後第一次世界大戦勃発。ベルリンを脱出してオランダ経由で、ロンドン着。そのロンドンで、指揮者ヘンリー・ウッド卿に手紙を送り認められアルバート・ホールでの音楽会で歌い、これが海外における初演奏となった。 初演奏で好評を博した環はロンドンでの『マダム・バタフライ』が評判になり、アメリカのオペラ・カンパニーの要請で『マダム・バタフライ』をニューヨークのメトロポリタン歌劇場で長期公演。評判が評判を呼び、世界中を公演して廻ることになった。 |
| スタッフ | 脚本=清島 利典 音楽監督=榊原 徹 演出=武藤 圭生 照明=古宮 俊昭 音響=山北 史郎 舞台監督=友井 玄男 ほか |
| キャスト | 山本 健翔(演劇集団 円)/安奈 ゆかり(劇団NLT)/宇佐美 瑠璃(ソプラノ)/関 真理子(ソプラノ)/飯島 香織(ソプラノ)/浜川 潮(ピアノ) |
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2009年6月3日(水) |
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指定席 6,500円/学生席 3,000円 (税込) 学生席は、当日入場時、学生証の提示をお願いします。 |
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東京歌劇座
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協力:演劇集団 円、劇団NLT、東京テアター、瀧井敬子(東京藝術大学客員教授) |
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