劇作家・鄭義信氏が新宿梁山泊との裁判経緯を報告 - 2008年7月 - 演劇ニュース - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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写真/鄭義信 写真/平田オリザ

▲鄭義信

▲平田オリザ
 劇作家・鄭義信氏は30日、95年まで座付き作家として所属していた劇団「新宿梁山泊」と在団当時の作品の上演権をめぐって争っていた裁判について実質的な決着をみたとして、都内で報告会見を行った。

 会見には、日本劇作家協会法務部の平田オリザ氏、鄭氏の代理人を務めた弁護士の柳原敏夫氏も出席。鄭氏が「狐につままれたよう」と振り返った上演権をめぐる一連の裁判について、平田氏と柳原氏が経緯説明と補足を行った。
 鄭氏は「一声かけてくれれば、上演を許諾する」という言葉を残して95年に劇団を退団したが、新宿梁山泊が無断で自作の上演・改変を繰り返したとして、99年に「以後、上演は一切認めない」旨を通告していたという。しかし、07年8月に新宿梁山泊側が『それからの夏2007』(原題は『それからの夏』)を上演しようとしたため、鄭氏は公演差し止めの仮処分を申請。その主張が認められる形で「和解」が成立し、同公演は中止となった。しかし、その1カ月後、新宿梁山泊側が『人魚伝説』『それからの夏』の上演権の確認を求めて訴訟。審理の結果、鄭氏の「上演拒否」の主張を認めた上での「和解勧告」が裁判所から提案されたが、鄭氏は「和解」という言葉が一般的に与えるイメージを懸念して、勧告を拒否。これを受けて、今年4月18日に新宿梁山泊側が「請求の棄却」を行ったため、実質的に鄭氏の主張が全面的に認められる形で決着したという。

 鄭氏は「相手の主張にとにかく一貫性がなくて、自分でも何を争っているのか分からなくなることがあった。本当にバカバカしいことに時間とお金を費やしたと思うが、多くの方々の協力と応援があってやり遂げられた」とホっとした表情で感謝の意を表した。平田氏は「劇作家の最低限の尊厳を守りたい、と思って裁判にかかわってきたが、その目的は達せられたと思う。今回の件で、契約書をかわさなかった鄭さんに責任があるという意見を聞くが、その責任は本来、制作者が負うべきもの。著作権というのは非常に強い法律で、契約書がなければ著作権者に有利に働くものです。ただ、今回のような無用のトラブルを避けるためにも、覚え書きをかわす程度のことは必要だと思う」と述べ、劇作家の持つ著作権と契約慣行の定着に対する理解を訴えた。

 なお、本件にかんする平田オリザ氏の報告文が「せりふの時代」7月1日発売号に掲載されている。また、裁判については柳原敏夫弁護士のホームページ(http://song-deborah.com/copycase2)に詳細が記録されている。