市川猿之助が二代目市川猿翁、市川亀治郎が四代目市川猿之助、香川照之が九代目市川中車、香川の長男が五代目市川團子を襲名! - 2011年9月 - 演劇ニュース - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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左から香川照之、香川政明くん、市川猿之助、市川亀治郎、市川段四郎

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▲左から香川照之、香川政明くん、市川猿之助、市川亀治郎、市川段四郎

初代市川猿翁、三代目市川段四郎の五十回忌とあたる来年、6月の新橋演舞場で追善興行が行われることが決定。同興行で市川猿之助が二代目市川猿翁、市川亀治郎が四代目市川猿之助を襲名することが決まった。また同時期に当代猿之助の息子であり俳優の香川照之が歌舞伎に初出演し、九代目市川中車を襲名(映像の仕事などでは香川照之で活動予定)、長男の政明君が五代目市川團子として初舞台を踏むこととなる。

市川段四郎、亀治郎、香川照之親子の登壇で記者会見が行われ、最後には猿之助も登場! 「隅から隅までずずずい〜っと、御願い、あげたてまつります」と力強い声を響かせた。

猿之助はあいさつ文で「猿之助という名前は、わたくしの曽祖父が明治4年に名乗って以来、140年間、一日も絶えたことがありません。わたくしも祖父から想いを託されて、三代目を襲名いたしました。その想いを、今度は亀治郎に託すことにいたしました」と新猿之助へエールを送り、また「これからも健康に留意して古典からスーパー歌舞伎まで、命ある限りエネルギッシュに仕事をしてゆきたいと思っています」と猿翁襲名への意気込みをしたためた。

演目などは未定だが、家の芸はもちろん、『ヤマトタケル』をはじめ歴代の猿之助が創り出した名舞台から選定される予定。市川猿之助襲名披露の興行先は、2012年6・7月新橋演舞場、2013年1月大阪・松竹座、3月愛知・御園座、6月福岡・博多座、12月京都・南座。

おもだか屋、そして歌舞伎にとって、一大イベントとなりそうだ。コメントは以下の通り。

市川段四郎
祖父が昭和38年の6月、父は同じ年の11月に亡くなりました。当時私はまだ17歳で、非常に心細い想いが致しましたが、この度、立派な追善興行、襲名披露興行をさせていただくことになり、今は、幸せな気持ちでおります。私が名乗っていたこともあり、息子が大きくした亀治郎という名前も捨てがたいような気持ちもありますが、家の芸を継いでいきたいという意志を確認し、頑張ってくれと申しました。

市川亀治郎
市川家の一門として歌舞伎界をますます盛り上げ、歌舞伎の繁栄のために襲名を決意いたしました。三代目市川猿之助がやってないことはないと思いますが、唯一、『金閣寺』の雪姫はやっていない。私は諸先輩に女方の芸もしっかりうつしていただいたこともありますし、おもだか屋で女方の大役をやっている方はあまりいないので、そちらは私が、しっかりやっていきたいと思います。“守破離”が一体となった役者……やりたい放題、つまりこれまで通り、好きなことをやって死んでいく役者になりたいと思っております。

香川照之
これまで歌舞伎の世界と無縁に過ごしてきましたが、04年に息子が誕生し、父も祖父も、曽祖父も頭に付けていた「政」という文字を頭につけ政明と名付けました。それはこういう日を迎えるため、というのが頭にありました。140年続いてきた名前(の継承)について……僕自身、そして政明という長男が生まれて「この舟に乗らなくていいのか」とここ10年くらい、ずっと自分自身に問うてきました。乗らなくてはいけない、それが僕の人生だと決めました。その決意を汲んでくださいというほかありません。はっきり言って何もできませんが、頑張るしかありません。どうぞよろしくお願いいたします。

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