PARCO劇場休館で、渡辺謙、南果歩、立川志の輔らが手締め会 - 2016年8月 - 演劇ニュース - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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PARCO劇場手締め会 1 左から青井陽治、南果歩、渡辺謙、立川志の輔、志田未来、佐藤隆太

▲ 左から青井陽治、南果歩、渡辺謙、立川志の輔、志田未来、佐藤隆太

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PARCO劇場が渋谷パルコの建て替えに伴い休館。同劇場最後の公演となった『ラヴ・レターズ』が7日に千秋楽を迎え、終演後に手締め会が行われた。

手締め会には、『ラヴ・レターズ』最終公演に出演した渡辺謙&南果歩と演出を手掛けた青井陽治、同劇場の『ボーイズ・タイム』(1999年)初演で初舞台を踏んだ佐藤隆太、昨年の『オレアナ』で初舞台を踏んだ志田未来、そして、20年にわたり同劇場で『志の輔らくご』を開催し続けた立川志の輔が登壇。満員の観客とともに三本締めで劇場の幕を閉じた。

登壇者のあいさつは以下の通り。

■渡辺謙
舞台デビューは35年前にPARCO劇場で蜷川さんが演出した『下谷万年町物語』でした。舞台上に不忍池をつくったのですが、一幕は池の中の演技が多くてずぶぬれで、二幕は暗転からの板付き。目まぐるしく、中日ぐらいで逃げ出したくなったものです。でも、その後に出演したPARCO劇場での伊丹十三さんの舞台『ピサロ』が縁で映画「たんぼぼ」に出演することになったり、朝ドラから大河の話がきたりと映像の仕事が増えていきました。そのうちに映像の仕事が主になり、12年間ほど舞台には出ていなかったのですが、そろそろ舞台もと考えていたところでパルコさんから声がかかり、『ホロヴィッツとの会話』に出演したことが自分の中で「やはり舞台を」という気持ちになったことが、ブロードウェイのお話につながります。出演すると次の高いステップに行くという、僕には縁起の良い劇場でした。3年の休館は演劇界の損失かもしれませんが、新しくなった劇場にまた呼ばれたいと思っています。

■南果歩
兵庫から出てきた少女のアンテナには引っかかってこなかったものが、ここに来ればいろいろ発信しているという劇場で、演劇少女たちにとってのメッカだったと思います。夏目雅子さんの初舞台に当日券に並んだりしたこと、個人的に1995年の『クラウドナイン』出演中に妊娠していることが分かり、ほかの共演女優さんたちから励ましていただいて乗り切ったり、思い出もさまざまです。毎年、年明けは『志の輔らくご』で始まっていたのに、来年からどうしたらいいのか……(笑)。渡辺との共演は、気仙沼でのチャリティー公演で上演した『ラヴ・レターズ』のみだと思っていたのですが、まさかまたお声をかけていただけるとは……。ただ、PARCO劇場の最後を飾るのは大変な重圧で、幕が上がるまで「どうして引き受けたんだろう」と、ずっと一人でぶつぶつ呟いていました(笑)。最後の言葉は『ラヴ・レターズ』のセリフを借りて、「ありがとう、PARCO劇場」です。

■青井陽治
私が翻訳・演出した朗読劇『ラヴ・レターズ』は、26年間もの長い間、PARCO劇場で上演されましたが、劇場としての最後の一週間を飾らせていただくことになるとは思ってもいませんでした。実はもともと劇団四季で俳優をしていて、PARCO劇場のこけら落とし公演でコーラスとして参加していました。私にとって、俳優・訳詞・翻訳・オリジナル脚本・演出の5種目を制覇させてもらったのはPARCO劇場だけです。今日が最後だと思わないようにしてきましたが、家に帰ったらきっといろいろ思い出して名残惜しくなるんだと思います。先日行われたパーティーで、劇場の床にメッセージを書いてくれというので「僕は君と結婚した!」と書きました(笑)。

■佐藤隆太
生まれて初めて一般応募でオーディションを受けて、舞台に立たせていただいたのはこの劇場での宮本亜門さん演出『ボーイズ・タイム』でした。僕にとっては実家のような存在です。劇場に来るまでに道順や、劇場に入ってからの導線にはルーティンがあって、まず初めに男子トイレのソープを確認するんです。一番左の洗面台のソープボタンを押すと出続けて泡だらけになるのですが、あ、まだ直ってないぞ! とか(笑)。PARCO劇場が休館してしまうのは正直にいえば、寂しいです。新しいPARCO劇場ができるまで3年半。役者にとってはとても“リアル”な時間で、また立たせていただけるような役者でいられるように頑張りたいと思います。

■志田未来
私の初舞台は昨年のPARCO劇場の演目『オレアナ』でした。それまでは映像しか知らず、舞台からは逃げていたので、お客さまの前で演るのはこんなに大変なことなのか……と、毎日苦痛で泣きそうな思いでした。つい先日までこちらで上演していた『母と惑星について、および自転する女たちの記録』が舞台出演としては2度目で、ようやく舞台にも慣れてきたころに劇場がなくなってしまうということで、東京公演が終わるときにはつらくて、こみあげてくるものがありました。

■立川志の輔
まだ「西武劇場」と呼ばれていたころ、当時東京に出てきたばかりの私は安部公房の『友達』をこちらで拝見したのが初めでした。K列ぐらいの席だったでしょうか。そこから舞台を見ていて、「あ、自分はいつかこの舞台に立つな」と思ったのです。まだ落語家にもなっていなかったころの話ですし、何の根拠もなかったのですが、本当にそう思えたのです。それから23年後に、演劇をするこの劇場で私が落語を上演することになります。落語家ですから舞台に立つことはなく、座っていたのですけれども(笑)。渋谷と落語と伝統芸能という組み合わせ、当時としてはアレルギーがございまして、最初は4日間の公演からのスタートでした。それが11年前から1カ月公演をさせていただくことになり、今年までやってまいりました。これだけやってまいりますと、体力的にも中日ぐらいには「まだ半分か」なんて考えるようになるものですけれど、今年は最初から「あと20数回しかないのか」なんて気持ちになりました。今はこの劇場の神様にただただ感謝し上げたいという思いです。

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  • PARCO劇場手締め会 1 左から青井陽治、南果歩、渡辺謙、立川志の輔、志田未来、佐藤隆太
  • PARCO劇場手締め会 2

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