松本幸四郎が二代目白鸚、染五郎が十代目幸四郎、金太郎が八代目染五郎を襲名へ - 2016年12月 - 演劇ニュース - 演劇ポータルサイト/シアターガイド
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松本白鸚、幸四郎、染五郎襲名会見 1 左から、松本金太郎、市川染五郎、松本幸四郎

▲ 左から、松本金太郎、市川染五郎、松本幸四郎

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松本幸四郎が二代目松本白鸚、市川染五郎が十代目松本幸四郎、松本金太郎が八代目市川染五郎を襲名。2018年1・2月に歌舞伎座で襲名披露興行が行われる。

記者会見が、都内のホテルで行われ、幸四郎、染五郎、金太郎が登壇。幸四郎は報告とお礼の言葉とともに「初舞台から顧みますと、71年いろいろとございましたが、今日の日のために今までのことをやってきたのではないかと、しみじみと本当に幸せです。父が三代襲名を命を懸けてやってくれて、また37年経ってそれを実現できるのは奇跡に近いようなことです」と感慨深い表情であいさつした。

襲名を考え始めたきっかけは、染五郎の『伊達の十役』だと明かす。「『伊達の十役』政岡の女方にはわが子ながら、舌を巻きました。その時に、染五郎が14か15歳のころ子供歌舞伎教室で『春興鏡獅子』を踊る姿を見て、最晩年だった叔父の尾上松緑が“高麗屋にも弥生を踊る役者が出たな”と言ってくれたことを思い出しました」と振り返り、襲名披露興行に向けて「来年がそれぞれの名前の最後の年になります。悔いのないように幸四郎を演じて、息子に孫に手渡したいと思います」と意気込んだ。

続いて、染五郎は「正直、今の気持ちは、ただただ興奮しております、感激しております。それが、何なのかは分かりません。恐らく襲名して、何十年経って分かってくるかと思います」と率直な心境を明かした。続けて「私自身ずっと歌舞伎役者であり続けたい、高麗屋が代々演じてきた役々を自分が体現したいと思い続けています。それは、名前が変わっても変わりません。尊敬する方の言葉をいただきまして申しますと“歌舞伎職人”を目指しています。その思いで襲名披露興業をさせていただきたいと思います。その尊敬する方とは、志村けんさんです。“お笑い職人”であり続けたいという記事を読んで、この言葉をいただこうと考えました。それが、私が十代目幸四郎になる最初の決意です」と力強く意志を表明した。

金太郎も「松本金太郎です。今日はありがとうございます。八代目市川染五郎を襲名させていただきます。よろしくお願いいたします」としっかりとあいさつした。

あいさつでも『伊達の十役』がきっかけと話した幸四郎。「襲名は半分以上“神ってる”出来事」と流行語大賞のワードを交えて、その時の思いを回想した。「染五郎の芸は“染五郎”という器を溢れ出ていて、もったいないような気がしたんです。ここで器を変えて、“幸四郎”という器に新たに芸をいっぱい詰め込んでほしい」と期待を寄せた。

その幸四郎の名を受け継ぐ染五郎は「歌舞伎役者であり続けたい」と言い切る。「言い方はちょっと誤解があるかもしれませんが、幸四郎になるためにやってるわけではなく、高麗屋の芸をこれからの時代を生きる人にも知っていただくため。幸四郎を継ぐことは、そこに近づいたのかなと。命の限り歌舞伎役者であり続け、“歌舞伎が好き”でここまでできるんだと証明したい。一人でも多くの方に歌舞伎が好きだとお伝えしたいです」と熱く語った。

息子・金太郎に向けては「子役から大人の役になる途中の時期ですし、身体や声だったり肉体的な変化が一番急激になる時期。その時に頑張らないといけないことはたくさんあります。今は幸いお芝居が好きなので、その気持ちがあるなら、そういう役者にしていきたいと思ってます」と話し、「頑張ってね」と一言エールを送った。

『ラ・マンチャの男』や歌舞伎NEXT、ラスベガス公演など、親子ともども、歌舞伎の枠にとらわれることなく幅広い挑戦を続けている二人。今後ついても幸四郎は「お客さまが、白鸚の『ラ・マンチャ』が観たいというならその声がある限りは役者として演じなければいけない。また、新たな作品に挑戦をするかもしれませんが、それはお客さまのご要望次第」と、染五郎は「“歌舞伎”という言葉にこだわってやっていきたい。現代に続く歌舞伎も、途絶えてしまった歌舞伎も、いまだなかったものも“歌舞伎”という言葉に含まれている。映像作品としての歌舞伎の演出もあるのではと妄想中です」と意欲的だ。

金太郎は、「どんな役をやってみたい?」という質問には「『勧進帳』の弁慶が演じたい」と頼もしく答えたが、まだまだ緊張のためか、質問などに対しては一つひとつ丁寧に考えて言葉をつむいでいく。この様子に染五郎は「助け舟というわけではありませんが、先日、自分の染五郎襲会見の映像を見て振り返っていたんです。彼は今の状態でも、私の30倍はしゃべってます(笑)。それを思うと、とても優等生でなのでは」と笑いを誘い場を和ませた。

また、幸四郎は「幸四郎の名前でなくなることに寂しさは?」という質問には「まったくないです。ただ感謝です」ときっぱり。「幸四郎時代にいろいろな方のお世話になりました。その方々に対する感謝の気持ちだけです。一人ひとりに手を握ってありがとうございます、よろしくお願いしますという気持ちでいっぱいです」と謙虚な言葉とともに、「白鸚の名前に準じ、まっさらな気持ちで一からお芝居を勉強したい」と真摯に述べて締めくくった。

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  • 松本白鸚、幸四郎、染五郎襲名会見 1 左から、松本金太郎、市川染五郎、松本幸四郎
  • 松本白鸚、幸四郎、染五郎襲名会見 2
  • 松本白鸚、幸四郎、染五郎襲名会見 3 市川染五郎
  • 松本白鸚、幸四郎、染五郎襲名会見 4 松本金太郎
  • 松本白鸚、幸四郎、染五郎襲名会見 5 左から、松本金太郎、市川染五郎、松本幸四郎
  • 松本白鸚、幸四郎、染五郎襲名会見 6 左から、松本金太郎、市川染五郎、松本幸四郎

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